ヘイセイラヴァーズ

本、舞台、映画、歌、短編小説、エッセイ、アイドル、宝塚歌劇、など、、、☺

ひとまずエピローグ。ヘイセイラヴァーズ。

 「お姉ちゃんは、恋が好きなんだね。」

 このブログを読んでいる妹からのこの一言は、さすがにガツンと来た。さすが妹。同じ腹から生まれただけのことはある。そう、私は恋が好きだ。このブログを書いていて自分でも初めて知った。

 いや、もっと正確に言おう。私にとって恋は必要不可欠なものだ。かといって私がめちゃくちゃモテるとか隠れビッチだとかそういうわけではもちろんない。退屈な授業、ストレスフルな仕事、重い現実にしばしば息が苦しくなるたびに、私は恋を麻酔として使ってきた。隣のクラスの男の子、小説の主人公やアイドル。その時々の相手に恋をして夢中になり、虚構の世界に逃避することは、私にとって現実を生きるすべだ。それがなくては乗り切れない時間が、確かにあったのだから。

 

 私にとっての恋とは相手についてあることないこと想像(妄想)することだ。そうだとしたら、愛とはなんだろう。それはきっと重い現実そのものだ。自分の作った想像ではなく、生身のそれを直視して夢から覚めなくてはならない。そんなことが本当に私に可能なのか?

 

 ヘイセイラヴァーズ。

 時代は変わり、恋人たちも変わっていく。

 

 私はこれからも恋をするだろう。たくさんの物語に、昔の記憶に、自分の頭の中の世界に。だけど、愛も知りたいと思っている。自分以外の世界もちゃんと見たいと思い始めている。

 恋と愛のあいだ。今はまだその場所で、もう少しだけさまよっていよう。変わり始めている世界の、ある部屋の中で。

再会はいつでも真夜中に(ドラマ『恋の病と野郎組』感想)

 教室を覗くといつも、彼は1番後ろの席で本を読んでいた。広い肩幅とブカブカの制服。周りにいる顔立ちの良い友だちに話しかけられるとたまに顔を上げて笑って、だけど絶対に手からは本を離さなかった。彼は一体なんの本を、毎日あんなに熱心に読んでいたのだろう?

 彼と図書委員で一緒になった時、だから私は飛び上がるほど驚いた。うれしかったけど、緊張して話をするどころではなかったので仲良くなれるはずもなかった。だけど一度だけ、他の男の子たちが私のお願いを聞いてくれずに困った時、いいからやるぞ、と立ち上がって助けてくれたことがある。

 卒業式の朝、彼の下駄箱に手紙を入れた。入れてすぐに走って教室に戻り一日中ドキドキして卒業どころではなかった。帰りに彼が道の向こうからまっすぐにこちらに向かって歩いて来たので時が止まったようだったけれど、彼は私にたどり着く前に、取り巻きの女の子たちにさらわれて、私はその隙に逃げ出した。

 走ってばかりの卒業デー。

 

 ドラマを見て、彼らのピュアな恋がむずがゆくて見ていられなくて、そうしてとてもうらやましくなったけれど、じっくり思い出してみれば私もじゅうぶんやらかしていたのだった。

 いくらSNSの時代になっても、私たちはお互いに細い糸を手繰り寄せあわなければつながりつづけることはできない。彼の名前はいくら検索してもインターネットのどこにも見当たらず、あの日手紙に小さく書いた私のメールアドレスにメッセージが届くこともない。彼が本当にいたことを証明できるのは、何度も何度も再生する自分自身の記憶と、卒業アルバムの小さな写真、そして真夜中のTVの中に突然現れるどこか彼に似ている後ろ姿だけだ。

好きの理由(宝塚宙組『オーシャンズ11』感想)

 私は目立つことが好きだった。

 例えば、重いカーテンが引かれた暗い体育館で、照明を浴びて演じること。

 私がセリフを言うたびに、客席は笑って沸いた。その快感、客席の反応に応えるように高まっていく自分の集中力。その感触を今でもはっきりと私は覚えていて、そしてベールの向こう側にある演技の魔法を一瞬かいま見た気がする。

 例えば、暖かい踊り場で踊った土曜日の午後。

 流行りのアイドルの曲を友だち同士でカバーして、ダンスを覚えて踊った。面白がって携帯で撮られた写真や動画は今となっては誰の手の中にどれだけ残っているのか、私には知ることができない。

 あのままで大人になっていれば、私は今頃女優かアイドルになっていたはずだ(鏡を見ずに言えば)。

 だけどそうもいかずに、十代の終わりにあれよあれよと思考をこじらせた私は、自分を表現して誰かに見てほしいという気持ちと、それを大切に隠しておきたいという両方を、微妙に抱え続けることになった。今でもずっと。

 『オーシャンズ11』はそんな半端な気持ちがぶっとぶ作品だ。とにかく演じることが、歌うことが、踊ることが楽しくて仕方ない。この一瞬に自分の人生のすべてを賭けてもいい。本気でそう思って舞台に立っている彼女たちの気持ちが伝わって、だからいつのまにか見ている私も必死になる。動き回るその「キラキラ」を捕まえて目に焼き付けようとして。

 私はタカラヅカにその「キラキラ」を集めに行っているのかもしれない。衣装やメイクのキラキラだけではない、現実にはありえない美しい恋物語が持つキラキラだけではない。それは舞台にいるひとりひとりの一途な気持ちに宿っているもので、決して形には残らない。だけど目を閉じると私はいつでも思い出すことができる。無数に降り注いでいたあのキラキラたちを、そしてそれを発していたたくさんの人間たちのことを。

 タカラヅカは、目立つことが何の屈託もなく好きだった小さい頃の私の、憧れそのものだ。あのキラキラはまさに、小さかった私が手に入れたかったものそのものだ。だから私はどうしようもなくタカラヅカに惹かれるのだ。

 今でも羨ましいと思う。ダンスや歌や、自分の身体が発する力で人の気持ちとつながれること。

 だけど堂々とそれを見に行くことができるようになったのはきっと、私が今の自分の生活を好きになり始めているからなのだ。あの時思い描いていたキラキラとは違うけれど、彼女たちと同じようにここまで戦ってきた自分の手の中にあるキラキラを認め始めたからなのだ。

今年の夏もよく雨が降った(映画『天気の子』感想)

 彼は東京に来て「そういえばもう息苦しくない」と言う。

 

 なぜ?朝と夜の満員電車、人は多く居場所は狭く、歩いていると絶え間なく物欲を刺激される街。

 なぜ?ビルは汚く路地裏は暗く、いつも周りと自分を比べ続けなければならない街。

 

 私にとっては東京は息苦しい街だ。

 

 だいたい私は、帆高の持ち物に「キャッチャーインザライ」が入っていたところから嫌な予感がしていたのだ。ホールデンを真似して田舎から出てくるやつには大抵ろくなやつがいない。私とは気が合わない。ホールデンを真似をして憧れの都会で、今まで見たことのない大人に出会って、ひとりで暮らしてみて、そして運命の女の子に出会って、ひと暴れしたら、お前絶対大人しく帰れよなと思いながらずっとスクリーンを見ていた。

 

 それでもなぜ私は泣いてしまったのだろう。

 帆高の恋に感情移入したわけではない。子供たちの絆に感動したわけでも絶対にない。それは彼を取り巻く大人たちに対する涙だったと思う。大人は「世界の秘密」は知らないかもしれないが、帆高よりも確実に一枚上手だ。それはきっと「失う」ということを知っているからなのだ。

 

 ここまでして会いたいと思える人がいるのは素晴らしいとか、そう思うのは簡単だが、それだけの問題ではないと思う。陽菜を失うまいと、チャンスを逃すまいとする帆高の気持ちをわかって、痛いほどギリギリまでわかって、それでもなお突き放すこと、ぶつかること。そして家族として目をつぶって背中を押すこと。そのそれぞれの大人たちの反応のすべてを私は愛と感じたのだ。

 

 それにしても私は最高にクールな大人になったものだ。望んでいたにしろ望んでいなかったにしろ、もう少なくともただの迷えるホールデンではなくなったみたいだ。

 どんな大人もやっぱりどこかで「愛にできることはまだあるか」と心の中で問い続けているような気がする。大人になった私が言うのだから間違いない。映画館の外、久しぶりの晴れの空の下で笑う彼を見て私はそう思った。

青の底(舞台「海辺のカフカ」感想)

 ブルーの海。ブルーの雨。ブルーの舞台。思えば、観客も「海辺」というタイトルに合わせてブルーの服を着た人が多かった気がする。

 

「思えば、ナカタとはいったい何だったのでしょう」

 舞台が終わってしばらくの間、このセリフが頭から離れなくて困った。朝ベッドの中で、通勤の電車の中で、仕事の手を止めたとき、日が延びた帰り道。思えば、ナカタとはいったいなんだったのでしょう。思えば。私とはいったいなんだったのでしょう。私とは?

 普通に暮らしていると決して思い出すことのないその問いの答えを、私がだすことはできない。これまで数多の哲学者、有名無名の詩人たちが考え続けてもまだ答えた者はいないのだ。

 

 この舞台の後で世界中で猫の写真を撮り続けている岩合光昭さんの写真展にいった。可愛らしい猫たちの写真の中で1枚だけ、その不気味さで私の目を引いたのは、ジョニー・ウォーカーの酒びんの上で猫がカメラに向かって笑っている写真だった。そう、それは笑っているとしか思えない写真だった。目は三日月がたに垂れてキラキラ光り、口は左右に大きく上がっていて牙が左右対象に剥き出されている。灰色の猫だった。あの顔、あれは一体誰なのだろう。

 

 私は逃げられないことの恐ろしさを思う。いつのまにか飲み込まれて気付いた時にはもう逃げられないその強い流れを恐ろしく思う。たくさんの水に囲まれて私たちはただ、ここに閉じ込められている。そこに希望があるとしても、それは見てはいけないもののような気がする。

はぐれないために(東京大学入学式祝辞を読んで)

 私が怖かったのは、「退屈な」奥さんになることだった。そんなことはありえなくて、そう見えるとしたら見た方の想像力が足りないということが今ではわかる。だけど、何者にもなれていない自分のままで、たとえば誰かの奥さんとかになってもいいのだろうかと思っていた。そんなことをしたら、いつかどこかで自分を見失ってしまうのではないかと思っていた。誰かの手を離してしまうみたいに、自分自身を手放して。

 

 東大の祝辞を聞く。短いスピーチの間に、数えきれないほどの鱗が目から落ちるのがわかる。きらきらと。

「女子が選ばれるには、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれている」と彼女は言った。

フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想である」と彼女は言った。

 そのひとつひとつをつないで、つないで、私がこの祝辞の言葉からすくい取った一番強いメッセージは「思考することをやめてはいけない」ということだ。自分が出会った物事に対して、それを味わうこと、何かを感じること、そして立ち止まって考えることをどんな境遇におかれてもやめてはいけないということだ。

 私が考えることをやめたとき、そのとき私は本当に、「退屈な」人間になってしまうということ。

 

 この祝辞は私に対しても贈られている。いつか自分を手放しそうになったとき、私は何度でもその思考の裾を握り直そう。たとえその場所が大学でなかったとしても、私が何者にもなれないとしても。

ラブホテル考(エッセイ⑧)

 部屋の中はとても暗い。窓が塞いであるんだ。やるための部屋だからね、窓なんて要らないんだ。光なんて入ってこなくていいんだ。あんなところ、僕は全然好きになれない。ーーー『ダンスダンスダンス』

 

 五反田くんはそう言うけれど、私は意外とラブホテルが好きだ。部屋自体も、選べばちゃんと安いけど広いし、なんとなくサービスはゆきとどいているし、いろんな工夫がしてあって面白い(お風呂が光るだとか照明の色が変わっているだとか)。工夫が凝らされている代わりに、確かに窓はないけれど。

 私の思い出のラブホテルはふたつある。

 ひとつめは、一番訪れた回数が多いホテルだ。全体的なコンセプトはバリ風で、門を入ってすぐ、小さな中庭に背の高い石像が2体突っ立っている。その奥の建物は、外観も部屋も全体的に濃い茶色で、他となにが違うというわけではないけどなぜだか妙に落ち着いた。都会を歩くことに疲れてうとうと眠ったり、部屋に置いてあるマッサージチェアに座ったり。ラブホテルと思えない都会のオアシス感が逆に切なかったのをよく覚えている。

 もうひとつは、それとは逆にたった一度だけ訪れたラブホテルだ。どこにあったのかも思い出せない、無名のラブホテル。部屋は狭く、ベッドとシャワーだけで目一杯だった。足さえ、満足に伸ばせないような部屋だ。その狭さは私に宇宙船を想像させた。つるりとしたカプセル型の宇宙船に閉じこもって、宇宙をさまよっているみたいだった。その宇宙船は、私にとって忘れることのない場所だ。なぜかというと、それは初めて恋人が、「今日は帰らないで」と私の手を引いた場所だからだ。初めて彼が、計画を踏み外して私といることを求めてくれた場所だからだ。

 『アイネ』というジンがある。その中に「ラブホテルを撮る」というページがあって、何枚かのラブホテルの写真が載っている。そこには妙に西洋風なホテルの内装が、古そうなアメニティが、埃っぽい造花が、生々しい水回りが、枕元の妖しい灯りが、写っている。私はそれを見たとき一瞬ウッと息が詰まって、そして上のふたつのラブホテルのことをいっぺんに思い出した。もちろん私はそこに写っている写真の部屋に行ったことはない。だけどどうしてだかそれらを見たことがあるように感じた。

 たぶん、ラブホテルはその場所に漂う空気がどこも同じなのだと思う。暗くて重くて、不潔な空気。ほころびかけた大きな花が発するような淀んだ匂い。どうやってもぬぐいきることのできない、小さな箱に沈殿している恋人たちの気配。

 私は臆病なのでその気配の奥に手を伸ばして正体を確かめたりはしない。その濃厚で欲望にまみれた場所でしか確かめることのできなかった自分たちの時代のことを私はただ愛しく思う。そして同じ時代をくぐるたくさんの恋人たちのことを思う。