ヘイセイラヴァーズ

本、舞台、映画、歌、短編小説、エッセイ、アイドル、宝塚歌劇、など、、、☺

続・失われた皮むき器について(短編小説)

手に入れたものはいつか必ず手放すときがくることを彼は知っていた。そして一度手放したものは少しずつ忘れていつか思い出さなくなるときがくるということを。 皮むき器がなくなっていることにショーが気が付いたのは、彼がマッシュポテト作りに取り掛かろう…

旧姓木野(短編小説feat.村上春樹『木野』)

私は俗だ。私は俗な人間の代表で、彼はもう透明になりかかっていた。毎日一緒にいたのに。 私が浮気をしたのは、彼を傷つけてみたかったからだ。彼が私の浮気を知り、めちゃくちゃに傷つくことを夢見ていたといってもいい。でも実際はどうだったか?あのエッ…

正しいことと正しからざること(村上春樹ブッククラブに参加して)

課題図書:『木野』 その日私は、彼氏と大喧嘩中だった。 前の夜に電話で喧嘩して、電話を切った後に大泣きして、あまりよく眠れないまま、朝その本屋に向かった。せっかく楽しみにしていた日だったのに、最低の気分で。 だけどその日の課題図書『木野』を読…

ページを開かなければ誰も知ることはなかった(小説『君の名前で僕を呼んで』感想)

「映画を見る前に読むべきか、映画を見てから読むのか、どちらがよいのか誰にもわからない。」 帯のこの惹句は正しいと思うが、映画を気軽な気持ちで見てしまった私は、選ぶ余地なく原作の小説を映画の後に読むことになった。映画のエリオはその美貌を大きな…

アラサーOL、花晴れにハマる(ドラマ『花のち晴れ』感想 前編)

道明寺とつくしの恋にあこがれて早十ウン年。花男は私たちの恋のバイブルだった。大人になったらあんな恋が出来るんだと思っていた。 だけど小学生だった私たちは彼らと同じ高校生時代をあっという間に過ぎ、気づけば花男のセカンドシーズンを眺めている。長…

旅行について(エッセイ①)

旅行が嫌いだ。その一言を言いづらい世の中だ。そんなことを言う奴は非女子だ。非国民であり非地球人だ、もはや。このグローバルな世の中では。 戦争になんか行きたくないと言えなかった若者たちの気持ちがよくわかる。(それはオーバーか)圧倒的なムードの…

とりあえずちゃぴちゃんのグッディポーズに乾杯!(宝塚月組『カンパニー』『BADDY』感想)

「もう男女の恋愛だけを描く時代ではないのかもしれないな。」 舞台上で社長(綾月せり)はそう言った。そんなのもちろんだ。 性の曖昧さはずっと昔から人を魅了する要因となってきた。今に始まったことではない。それは例えばこの舞台の根幹をなす、美弥る…

夢をあきらめない(セクシーゾーンライブ『repainting』感想)

私にはその日、使命があった。 それは松島聡くんにBL映画の出演依頼をすること。 ことの経緯は数日前にさかのぼる。 その日私は、映画『君の名前で僕を呼んで』を見ながら飲みかけのコップをぐしゃりと握りつぶした。これを日本で撮るとしたらエリオ役は絶…

桃と恋の関係性について(短編小説)

その夏の夕方、僕がバイト終わりで店の裏の出口を出ると、先に上がっていたその人は外の階段に座って桃を食べていた。水色のタンクトップに、短いジーンズを履いて、垂れた桃の汁がつかないように思いっきり足を広げて。 長い髪を後ろに流し、桃の皮を手で…

淡く薄く、揺れる画面の奥の(映画『君の名前で僕を呼んで』感想)

退屈な夏だった。 脳みそまで溶けるような暑い夏。 太陽の強い光がじりじりと紙を焦がしていくような陽射しの下で、ペラッペラのペーパーバックの文字を追う。ページをめくるたびにガサガサ音がする。昼間は暑すぎてほぼ半裸でごろごろ過ごし、我慢できなく…

嗚呼、それにしてもイケメンの無駄遣い(映画『帝一の國』感想)

高校時代は、青春時代だ。誰も異論はないだろう。 だけどそのことを彼ら自身も意識していて、高校入学と同時に「青春しようね」と自分たちで確かめ合うのには違和感を覚える。そう、それは自分で自分のことを「私って天然だから」と言っている人を見ているの…

春宵(短編小説)

米津玄師「灰色と青」MVの菅田将暉に捧ぐ 風の強い、漆黒の夜だった。薄い紙にこぼした濃い墨がゆっくりゆっくり染みこんだみたいなたっぷりした深い暗闇に、星は一つも見当たらず、月だけがゆりかごにするのにちょうどいいくらいに欠けていて、ゆらゆら揺…

love letter for all dancers(短編小説)

「踊るって神様に祈ることと本当に変わらない。 ここに私がいます、確かにいますって。 こうして生きています、楽しんでいます、体があって嬉しいです! そして宇宙のリズムを身体で感じていますって。」※ 日曜日の十一時になると、彼は必ずその広場で踊って…

女子の嫉妬は根深く屈折なう(宇垣美里コラム『人生はロックだ!』感想)

負けた、負けました。 笑いながら白旗振って降参でーす。 だって読みました? 宇垣美里アナウンサーのマイメロ論。 「ふりかかってくる災難や、どうしようもない理不尽を、一つひとつ自主的に受け止めるには、人生は長すぎる。そんなときは“私はマイメロだよ…

八重歯を持つ者はみな天使(2/3宝塚雪組『SUPER VOYAGER!』感想)

「初めてのレッドカーペットはドキドキで、前夜はうまく眠れなかったほど。でも車を降りてカーペットに足を着けた瞬間、ふわっと風が吹いてドレスの裾がきれいに風に乗ったの。」 カリスマモデルの水原希子はそう語った。そして彼女が車から降りたったその瞬…

ギロチンより愛を込めて(2/3宝塚雪組『ひかりふる路~革命家マクシミリアン・ロベスピエール~』感想)

舞台をつらぬく一筋の光線。 左下から右上へと、開演前から舞台を斬り裂く、ギロチンのまっすぐなヤイバ。 そう、この舞台は大きなギロチンに見守られた愛の物語である。 あるときは壁の模様に。 あるときはひなたとひかげを分けて。 あるときは服のもように…

煙草(味覚にまつわる短編小説⑨)

目を覚ますと、もうお昼はとうの昔に過ぎていた。リビングに行くと宏太がおはようと振り返る。そしてテレビに向き直る。二人で選んだグレーのソファ。その後ろで観葉植物のパキラの葉が揺れて、いつも通りの日常。安心で幸せ。 宏太が私の髪についた寝ぐせを…

ムール貝(味覚にまつわる短編小説⑧)

十二時間のフライト直後の夕食がムール貝山盛りっていうのはなかなかハードだな。真っ黒い殻たちがオレンジ色の照明の下でぎらぎら光って、まるで口を開けて笑っているみたいでとってもグロテスク。ケイトも私も皿の前で絶句した。信じられない量と、信じら…

パクチー(味覚にまつわる短編小説⑦)

朝からパクチーはキツイっす。 そう言った私の寝起きのかぼそいガサガサ声は、やっぱり高血圧で朝から絶好調の裕翔には届かず、水道の音にすらかきけされた。 パクチーは大好きだけど朝からパクチーサラダはどうしても無理。さすがに味と匂いがダイレクトす…

舞い上がるマリーゴールドの渦の中で(映画『リメンバー・ミー』感想②)

毎日乗る電車の窓から、春になると満開の桜の木が見えるわけだけれど、桜の開花が頂点に達したある一日だけ、本当に電車の窓全体が隙なく桜の花びらに覆われて、しばらく桜のトンネルをくぐっているような瞬間がある。その時、綺麗だと思うより少しだけ早く…

しきつめられたマリーゴールドの上で(映画『リメンバー・ミー』感想①)

ミュージシャンは、この世で一番才能が必要な職業だと思う。 まずもちろん歌はとびきりうまくなくてはならない。さらに何かしらの楽器ができて、メロディも思い浮かべば詩のセンスもあって、そしてビジュアルも人並み以上に良いか個性的でなければ、なれな…

apollons on the slope(映画『坂道のアポロン』感想)

長崎ちゃんぽんのことを、よしもとばななはこう説明している。 「ちゃんぽんというのはほんとうに難しい代物で、まず長崎のちょっと濡れたような、でも昼はからりとしているような独特の気候や雰囲気にいちばん合っている。」※ まさに長崎はそういう独特の…

マジョリティの意見を聞いて?(ドラマ『アンナチュラル』感想)

豊作と評される今季のドラマの中で、視聴者満足度ナンバーワンは『アンナチュラル』だったと聞く。私もご多分にもれずそう思う。マジョリティ万歳。 ストーリーとかトリックのおもしろさはもちろん、このドラマはものすごいバランス感覚で成り立っていたと思…

赤いワイン(あいみょんに寄せて②短編小説)

「お風呂からあがったら少し匂いをかがせて まだタバコは吸わないで赤いワインを飲もう」 あいみょん『ふたりの世界』より お風呂からあがった彼の背中が、愛しすぎて私は気が狂いそうになる。タオル一枚だけが巻きついた、まだ水滴がしたたっている身体。彼…

最終目標は第六感の開花(あいみょんに寄せて①歌詞の分析)

あいみょんの歌詞の秘密は「聴覚」にある。 『君はロックを聴かない』より以下の箇所を聞いてみてほしい。 「君はロックなんか聴かないと思いながら 少しでも僕に近づいてほしくて」 また、『愛を伝えたいだとか』の以下の部分。 「健康的な朝だな こんな時…

ココア(味覚にまつわる短編小説⑥)

冷蔵庫の上においた籠の中に、自分で入れたココアの粉に手が届かなかったとき、俺は少し泣いた。高いところに投げ入れた過去の自分に、あとはその他いろいろに対して。 自分で言うのも悪いけど、俺は気を使って生きてると思う。小さいころからずっと。仕事を…

巨峰サワー(味覚にまつわる短編小説⑤)

知念くんは酔っぱらって今夜もまた男も女もトリコにしてる。誰彼かまわずひざまくらしてもらってる。何をしてても許されてる。だけど目がギラギラしてる。 私のひざの上にもコテンと頭を乗せてくる。私は持っていたお酒をテーブルに置く。顔に水滴がかかった…

駄菓子(味覚にまつわる短編小説④)

また雄也は息子三人組と部屋のすみでこそこそ何かやってる。 いい匂いがしてるから、たぶん何か食べさせてる。 この匂いは......ぶためん?なんかこれに梅ジャム入れたらおいしいとかへんな食べ方教えてない?三人ともむせてるけどね。 男の子はこうやって挑…

舞台『薔薇と白鳥』が楽しみすぎて

八乙女光は舞台の人だ。 とタンカをきってはみたものの、私は彼の舞台を見た事はない。 だから、予想。 八乙女光は舞台の人だ、ろう。 これが正しい。 だけど私はあえて言おう。 八乙女光は舞台の人だと。 なぜか? 彼が4年前に出た舞台『殺風景』の舞台レビ…

ラーメン(味覚にまつわる短編小説③)

ケイくんってめちゃくちゃおしゃれだよね? ん?そう?って言いながらケイくんはラーメンに目が釘付けになってる。四限が終わった後のこんな時間にお昼を食べてる人なんて私たちの他に誰もいない。 なんでだろう?帽子かな? 私は分析しようとするけどケイく…