ヘイセイラヴァーズ

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コロッケ(味覚にまつわる短編小説①)

 初めて入った彼の部屋はとにかくだだっぴろくて、雨の匂いがした。ヤブくんは慣れたようにカバンを置いてネクタイをゆるめてる。カーテンくらいつければいいのに、と思ったけど、他の家の窓ははるか下の方にあるからその必要はないのかもしれなかった。

 ここで一人で住んでいるなんてどんな気分なんだろう。さびしいだろうに。その証拠に家に入った途端ひかるの影は一段濃くなったように見えた。

 ひかるはこれから何かでかける用事があるみたいでヤブくんと相談してコンビニで晩ごはんを買って来るから待ってろって言ってきた。だけど私はそれではいけない!と急に思って、ちょっと待ってと叫んで財布をつかみ、玄関で靴を履いている二人を追い越して部屋から飛び出し、あわてて近くのスーパーまで走った。急いで材料を買って、全然来ないエレベーターにやきもきして、部屋に戻ると二人は、何事もなかったように私を出迎えた。

 私はごはんを炊いて、味噌汁を作って、ジャガイモに少し肉を混ぜたコロッケを揚げた。二人は、白シャツに黒いズボンをゆるくはいて、あぐらを組んで真剣にオセロをしてる。私も同じ白シャツに思い切り短くした黒いスカートをはいて足を丸出しにしたまま動き回ってる。その三つの制服姿は雨のせいで青っぽく染まっている部屋によく映えていたと思う。神様がどこかでその様子を、絵のように眺めてくれていたらいい。

 ひかるは出来上がった晩ごはんを見て、少しだけ喜んだ。大喜びはしないでどこか悲しそうに少しだけ喜んで、食べ始めた。歯並びの悪い口元がしゃくっとコロッケを噛み切った。

 学校にいるときの笑顔とさっき一緒に教科書を広げた時に触れていた頭の先を思い出して切なくなる。ヤブくんもひかるを見て悲しいカオをして、そのまま私の方を向いて少しほほえんだ。

 もうこの部屋から三人とも一歩も外に出ずに一生過ごせればいいのに、と私は思った。このままずっと雨が降り続くこととひきかえにしてもいい、と私は思った。そのとき二人が何を考えていたのかは、私にはわからない。