ヘイセイラヴァーズ

本、舞台、映画、歌、短編小説、エッセイ、アイドル、宝塚歌劇、など、、、☺

ムール貝(味覚にまつわる短編小説⑧)

 十二時間のフライト直後の夕食がムール貝山盛りっていうのはなかなかハードだな。真っ黒い殻たちがオレンジ色の照明の下でぎらぎら光って、まるで口を開けて笑っているみたいでとってもグロテスク。ケイトも私も皿の前で絶句した。信じられない量と、信じられないざっくりした味付け。ケイトも困惑してるからかわいそうだけどこのストレスを今ぶつけられる相手はケイトしかいないから、私は彼にやつあたりするよりしかたない。疲れてる時にこんなに大量に貝を食べたら絶対当たって死ぬ、と言い張る私にケイトは、じゃあケイトが姉さんの分も食べるよ、と言ってくれたので私は安心してワインをガンガン飲むことに集中できた。

 ただでさえオレンジ色の薄暗い店内で完全に酔っぱらった私には、目の前のケイトの姿だけが周りの風景から浮き立って見える。私の分の大量のムール貝を次々に片付けていく細い身体を眺めていると、彼がその胸に黄色いクロスのネックレスをしているのに初めて気が付いた。その瞬間、そうか、この子は彼女が出来たんだな、とわかって、それがわかれたことに一人で私は悦に入る。クロスのモチーフは私もケイトも好きだけど、彼は黄色は選ばない。もちろん私も。ついにそういうプレゼントセンスの女の子を、私以外の女の子を自分で選んだんだな。ぐび、と喉を鳴らして、私は赤いワインを飲む。ケイトはこちらをきょとんと見る。

 案の定、私はいつも通り飲みすぎて気持ち悪くなり、いつも通りケイトに迷惑をかけながらホテルに戻った。シャワーを浴びたらまた気分が治まってきたので、椅子をずるずる窓の近くに動かしてきれいな夜景を眺めつつ栓抜きを探す。

 最初はもうやめなよー、とか後ろから言ってきていたケイトも疲れたのかベットに倒れこんでいつのまにか眠っちゃってる。私は体の向きをかえて眠るケイトの顔を眺めながら透明なお酒をきれいなグラスに注いだ。

 彼のお腹の中にはムール貝が詰まってる。胸の上には黄色いクロスが光ってる。

 ケイト、大人になったんだなあ。

 旅の一日目にして、姉ちゃんは泣きそうだよ。