ヘイセイラヴァーズ

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love letter for all dancers(短編小説)

 「踊るって神様に祈ることと本当に変わらない。

 ここに私がいます、確かにいますって。

 こうして生きています、楽しんでいます、体があって嬉しいです!

 そして宇宙のリズムを身体で感じていますって。」※

 

 日曜日の十一時になると、彼は必ずその広場で踊っていた。キラキラ光る巨大な噴水を背景にして、全身真っ黒の服を着て、黒い中折れ帽を深くかぶって。体はとてもがっしりしていて色は白い。体温が高そうでその体に触れたら熱くて溶けてしまいそう。

 彼が踊っているのを見ていると、世界がぐるぐる回り始める。そして自分の頭の裏に張り付いていたものたちが、大事なこともどうでもいいことも、サッと消えて無くなり、目がガバッと明るく開かれる。彼の黒い姿と発散されて身を包んでいる光しか目に入らなくなり、それでもじっと見ていると、彼の指先が小さく震えていることがわかる。震えるほど丁寧に一つ一つの動きを表現しているのだと知ってうれしくなる。

 彼の横にはいつでも違った女性たちがいる。ある人は髪が長く、ある人はハイヒールをはき、また違う人は濃い口紅をつけている。彼女たちはみんな彼の踊りに引き寄せられた蝶だ。彼が踊る音楽に合わせて手をたたき、終わるとすぐに飲み物を持って行く。そのときの彼女たちの誇らしそうな顔。彼に捧げられる彼女たちの綺麗な心と身体。

 彼の踊りは光ではない。見ている人を照らす希望の光にはならない、決して。それはどちらかといえば闇だ。それも不穏な。なにもかもを吸い込み、呑み込むブラックホールの闇。それは見ている人のどんな心持も、分け隔てなく呑み込んでいく。そして見ている人を空っぽにしてしまう。良い意味であれ、悪い意味であれ。

 彼の目の前で、小さな女の子が赤い風船を風に飛ばされて泣き出した。すると彼はそれに気が付き、踊りを止めて、女の子の前にしゃがみ込んだ。そしてポケットから澄んだブルーの飴玉を取り出して握らせ、女の子の頭に手を置いた。その目は誰にも見えない。でもその白い肌の上によく映える彼の赤い唇が少し吊りあがるのを見た。

 彼は立ち上がると、流れ続ける音楽を止め、ステレオデッキを持って歩き出した。綺麗な女性を腕に絡みつけたまま、まっすぐに前を見て。

 今でも彼は踊り続けているだろうか。孤独で人を愛することのない、それでも優しい、年を取らない、あの、後ろ姿。

 

※『すべての始まり』吉本ばなな