ヘイセイラヴァーズ

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桃と恋の関係性について(短編小説)

    その夏の夕方、僕がバイト終わりで店の裏の出口を出ると、先に上がっていたその人は外の階段に座って桃を食べていた。水色のタンクトップに、短いジーンズを履いて、垂れた桃の汁がつかないように思いっきり足を広げて。

 長い髪を後ろに流し、桃の皮を手で剥きながら、一心にかぶりついていた。物静かで大人なイメージのその人の口からだらだらと滴る汁に僕はとてもびっくりしてしまって、その様子をじっと黙って見ていて、声をかけそびれた。外国のティーンエイジャーみたいなポーズ。子どもみたいにきついまっすぐな瞳。

 しばらくして僕の気配を感じ、こちらを振り向いて、その人はゆっくり笑った。

「母が、桃を食べきれないくらい送ってくれたんだ。それで、来る日も来る日も毎日皮をちゃんと剥いて、切って、真面目に食べてたんだけど、本当に面倒くさくなって。」

 そう言って照れたように下を向いて、自分の腿にごしごしこすりつけて手のひらを拭いた。反対の手の中に残っている桃の種に、夕日を浴びて赤くなっているその頬に、近づきたくなって僕は思わず一歩踏み出す。

「まだたくさんあるからさ」

 持って行って、と言いながら傍らのビニールの袋をがさがさと探り出したその人に、近づいていくことを僕は止められなくて、そしてとうとうその手首をつかんだ。僕をぱっと見返したその目は黒く透き通っていた。手首は細い骨が浮き出ていて固かった。おでこには前髪が何本か張り付いていて、くちびるは多分さっき食べていた桃のせいでしっとりして見える。

  驚いたその人が立ち上がったから、僕は背の高いその人を見上げて上目遣いになってしまう。そんなつもりはなくても、媚びているように見えるだろう。だけどそれでいい。今はそれさえ武器にしたい。

     抵抗されるけど僕はその腕を離さない。だけど急に自分が真剣になっていることが恐ろしくなって、ふざけたふりをして笑いながらそのくちびるに無理やり触れる。夏の下でしか生きられない恋と、全てを賭けて見つめても目をそらしてくるその人のずるさに触れる。こんな奴なんか、桃の匂いを嗅ぐたびに、一生僕のことを思い出しながら生きて行けばいいんだ。そう思いながら僕は彼の笑顔から目を離すことができない。