ヘイセイラヴァーズ

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デイ・ドリーム(短編小説)

 明け方のタクシーに乗るのが好きだ。

 だからなるべくぼんやりと窓の外の景色を眺めようと努力していたが、ダメだった。さっきまで目の前にいた彼女の姿が何度打ち消してもどうしても浮かんできてしまう。大学の同期で、三年ぶりに会った彼女は、薄いピンク色のセーターを着て、OLらしく爪もきれいに光っていた。髪を伸ばし、昔から決して美人ではないが変わらない笑顔と何を考えているかわからない一重のまぶた。ビールジョッキを持ち上げる腕に腱が浮かんでいたところと化粧が少し濃くなっているところがやっぱり少しおばさんになったと思った。

 最後に飲んだワインが今頃になって効いてきて、頭がぐわんぐわんする。家まではあと少し、携帯電話には何件もラインが届いている。最近俺の部屋に住みはじめた年下の女の子から。いつ帰ってくるのかということを繰り返し聞いている、女の子らしくてかわいい絵文字。俺はその子にこんな情けない姿を見られたくないと思う。

 お金を払って、タクシーを降りる。地面に足を着けた途端に足元がふらつくが、タクシーの運転手はそんなことを気にも留めずにさっさと走り出す。玄関を開け音をたてないようにリビングに入っていくとさっきまで俺に何件もラインを飛ばしていた携帯電話を握りしめたまま、テーブルに突っ伏してその子は眠っていた。

 細い肩ひもの白のキャミソール、もこもこした毛布にくるまって、白い足を投げ出して。いつも通り可愛いけれど、今ここでこんな風に眠っているのがこの子ではなくて彼女だったらどんなにいいだろうと俺は思う。きっともう少ししたらこの子は目を覚まして俺に気が付いて整った顔で笑いかけてくれる。そして俺にその細い身体をからみつかせてきて、お酒臭い、と顔をしかめてみせることも忘れないだろう。それでも。

  窓の外を見る。都会の空には星はほとんど見つけられない。彼女と初めてふたりで歩いたのも、こんな星空の下だった。そっとつないだ手を彼女はふりほどかなかった。こちらを見ないようにしている気配が伝わってきていて、俺もとてもじゃないけど彼女の方を見ることが出来なかった。こんな気持ちで思い出すことになるなんてその時は思いつきもしなかった。

 窓の外の景色に遠くまぎれていく。涼しい風が頬を撫でる。今頃彼女はどこにいるのだろう。一人で自分を抱きしめるような格好で眠っていてほしいような、きちんと誰かの腕の中で眠っていてほしいような、どちらとも願えない俺は、目の前にいる女の子の細い髪をそっとなでている。