ヘイセイラヴァーズ

本、舞台、映画、歌、短編小説、エッセイ、アイドル、宝塚歌劇、など、、、☺

続・火星の井戸(短編小説feat.『風の歌を聴け』)

 兄貴のウォルドには確かに考えすぎの傾向があった。宇宙の広大さに倦んで勝手にひとりで旅に出て音信不通になるくらいには。それに比べて俺は楽観的だと昔から言われている。世の中には結構おもしろいこともおもしろい奴も多いと思うし、第一、宇宙の広さを倦むなんて俺の仕事じゃない。器でもない。だけど俺は兄貴が消えた星をどうしても見てみたかった。だからここにやってきた。

 そこは美しい星だった。赤茶色の土地の表面には細かい砂埃が舞っていて、それが見渡す限り延々と続いている。それ以外にはなにもなし。ただ、数えきれないほどの穴がその表面に真っ暗な口を開けている。

 

穴 ● ● ●

 

 その穴のひとつの縁に腰掛けて、奥深くまで中を覗き込む。その中にもなにもなし。兄貴はここに入ったまま、出られなくなってしまったのだろうか。それはありえる。あいつはデカイ口を叩く割には方向音痴で、迷子になって泣きながら親に抱き抱えられて家に戻ってきた姿を何度も見たことがある。

 

「お前の兄貴とも話をしたよ。」

 風が俺の頬を撫でる。

「確かにお前の兄貴はここに入っていった。だけど迷わずに出てきた。」

 風はますますはっきりと吹き始める。

「そうして出てきて、拳銃の引き金を引いた。」

 拳銃?兄貴はそんな物質的なやり方は選ばないはずだ。それは本当に兄貴なのか?

 

 俺はまた穴の中を覗き込む。風が少しでも俺の背中を押したら、転がり落ちてしまいそうなほど深く、深く、頭を突っ込む。だけど兄貴の気持ちなんて、本当にひとかけらもわからない。

 

「歌ってくれよ」

 

 俺が頼むと、大気が微かに揺れ、風が笑った。そして再び永遠の静寂がやってきた後で、その歌は聴こえ始めた。兄貴には聴こえなかったこの風の歌。俺は終わりが来るまで自分で終わらせたりなんかしないだろう。なにの終わりまでか?それを考えるのは俺の仕事じゃないし器でもない。そんなことは、兄貴に任せておけばいいのだ。