ヘイセイラヴァーズ

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ラブホテル考(エッセイ⑧)

 部屋の中はとても暗い。窓が塞いであるんだ。やるための部屋だからね、窓なんて要らないんだ。光なんて入ってこなくていいんだ。あんなところ、僕は全然好きになれない。ーーー『ダンスダンスダンス』

 

 五反田くんはそう言うけれど、私は意外とラブホテルが好きだ。部屋自体も、選べばちゃんと安いけど広いし、なんとなくサービスはゆきとどいているし、いろんな工夫がしてあって面白い(お風呂が光るだとか照明の色が変わっているだとか)。工夫が凝らされている代わりに、確かに窓はないけれど。

 私の思い出のラブホテルはふたつある。

 ひとつめは、一番訪れた回数が多いホテルだ。全体的なコンセプトはバリ風で、門を入ってすぐ、小さな中庭に背の高い石像が2体突っ立っている。その奥の建物は、外観も部屋も全体的に濃い茶色で、他となにが違うというわけではないけどなぜだか妙に落ち着いた。都会を歩くことに疲れてうとうと眠ったり、部屋に置いてあるマッサージチェアに座ったり。ラブホテルと思えない都会のオアシス感が逆に切なかったのをよく覚えている。

 もうひとつは、それとは逆にたった一度だけ訪れたラブホテルだ。どこにあったのかも思い出せない、無名のラブホテル。部屋は狭く、ベッドとシャワーだけで目一杯だった。足さえ、満足に伸ばせないような部屋だ。その狭さは私に宇宙船を想像させた。つるりとしたカプセル型の宇宙船に閉じこもって、宇宙をさまよっているみたいだった。その宇宙船は、私にとって忘れることのない場所だ。なぜかというと、それは初めて恋人が、「今日は帰らないで」と私の手を引いた場所だからだ。初めて彼が、計画を踏み外して私といることを求めてくれた場所だからだ。

 『アイネ』というジンがある。その中に「ラブホテルを撮る」というページがあって、何枚かのラブホテルの写真が載っている。そこには妙に西洋風なホテルの内装が、古そうなアメニティが、埃っぽい造花が、生々しい水回りが、枕元の妖しい灯りが、写っている。私はそれを見たとき一瞬ウッと息が詰まって、そして上のふたつのラブホテルのことをいっぺんに思い出した。もちろん私はそこに写っている写真の部屋に行ったことはない。だけどどうしてだかそれらを見たことがあるように感じた。

 たぶん、ラブホテルはその場所に漂う空気がどこも同じなのだと思う。暗くて重くて、不潔な空気。ほころびかけた大きな花が発するような淀んだ匂い。どうやってもぬぐいきることのできない、小さな箱に沈殿している恋人たちの気配。

 私は臆病なのでその気配の奥に手を伸ばして正体を確かめたりはしない。その濃厚で欲望にまみれた場所でしか確かめることのできなかった自分たちの時代のことを私はただ愛しく思う。そして同じ時代をくぐるたくさんの恋人たちのことを思う。