ヘイセイラヴァーズ

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その煙のようないくつかの思い出について(エッセイ)

 Girl, do you want it now?

 

 そう言いながら近づいてくるSnowManのCrazy F-R-E-S-H Beat の冒頭の振り付けが頭にガツンときた。くわえていたタバコを指でつまんで足元に捨てるその動きは、私はタバコが好きだということを思い出させた。タバコそのものというよりも、タバコというアイテムの周りに漂う物語の気配が。

 

 私の父親は私が物心ついたときからずっとタバコを吸っている。母は喘息持ちだったこともあり本気でそのことを怒っていて、父もその剣幕に負けてたまに禁煙にトライしてみたりもするのだが、いつの間にかまた換気扇の下に巣を作っている。私がそれを見つけると、彼は居心地悪そうに笑ってみせて、私は仕事ばかりのいつもの父よりこそこそしているその姿のほうがずっと好きでこっそり応援していたのだ。

 夫のお母さんもまた喫煙者だった。私が結婚して初めて彼の実家に泊まった時、緊張のあまり夜中にトイレに起き出した私はふと台所に小さな明かりがついているのに気がついた。こっそりと台所をのぞいてみると、彼のお母さんが台所の椅子に座って静かにタバコの煙を吐き出していたのだった。彼女がタバコを吸うのを知ったのはその時が初めてだった。その背中を見て、彼女がこの古い家で、三人の子どもたちと大きな黒猫を育てたのだということに思い至った。何度ここでひとりでタバコを吸って夜を過ごしたのだろう。彼女が育てた男に選ばれた私もいつかはこんな後ろ姿になるだろうかと思いながら私は慣れない布団の中にもう一度潜り込んで今度はしっかり眠ったのだ。

 学生時代の彼氏もタバコを吸っていた。そのタバコの箱に書いてあった赤い星のマークを私ははっきりと覚えていて今でもその箱を見ると彼のことを思い出す。私の前でも平気でタバコを吸うくせに煙が私の方に流れてきそうになると手でパタパタと払って顔にかからないようにしてくれた仕草。煙越しに滲んだその時の優しい顔だけは、だんだん遠くなっていく思い出の中でなぜかはっきりと鮮明で、彼を好きだったあの頃に私を引き戻してしまう。

 日曜日に再放送されている「愛していると言ってくれ」の主人公の芸術家の男もタバコをよく吸う。自分が描いた絵のバランスを確かめる時。彼女からのFAXをあぐらをかいて待ちながら。大して美味しそうでもない。かといってファッションでもない。癖のように染み付いた自然なその動き。

 お笑いコンビ納言の薄幸のタバコも好きだ。思うさま、自分の部屋で飲み食いし、その後明け方に窓際で静かにタバコを吸う姿。何かのバラエティ番組で見たその映像に、私はほとんど泣きそうになってしまった。誰に文句を言われる筋合いもない、自分の部屋で過ごし、自分の好きなように生きて、覚悟ができるまで明日が来るまでの時間を引き延ばすことができて。そこには確かに自由があった。


Snow Man「Crazy F-R-E-S-H Beat」Dance Video (YouTube Ver.)

  Crazy F-R-E-S-H Beatのそれは、どこか媚びたような匂いがする。待っていた女が来て、吸っていたタバコを捨てて近寄っていく様子。慌てて、だけどそんなことは微塵も勘付かれないようにして。それでもつれない女。渋谷のハチ公前で。人がごった返す、決して大人になりきらない人々が集まるあの騒々しいまち。この男もまた、誰に見せるわけでもなく一人でタバコを吸うのだろう。ファッションとしてではなく、中毒としてでもなく、不健全さの結露として。どこか申し訳なさそうな態度で、悲しい目で。

 苦くて甘い匂いとともに、彼らのそんな姿に私はどこまでも惹かれてしまうのだ。私の方がよっぽどジャンキーだ。