ヘイセイラヴァーズ

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淡く薄く、揺れる画面の奥の(映画『君の名前で僕を呼んで』感想)

 退屈な夏だった。

 脳みそまで溶けるような暑い夏。

 太陽の強い光がじりじりと紙を焦がしていくような陽射しの下で、ペラッペラのペーパーバックの文字を追う。ページをめくるたびにガサガサ音がする。昼間は暑すぎてほぼ半裸でごろごろ過ごし、我慢できなくなったら川かプールの水に飛び込む。洗いざらしの髪とすっぴんの肌。汗と果実の汁が滴ってべたべたするだるい身体をそのままにして、ベッドで短く眠る。夕方になって涼しい風が吹いてきたら、目を覚ましてシャツを羽織って(これがまたどうでもいいようなシャツを何枚も何枚も持っていて、汗をかいたら日に何度でも着替える)木の陰に座って音楽を聴きながら楽譜を書く。

 そして恋。

 

 エリオとオリヴァーは短い旅行をする。その夜のトンネルの中でのエリオのキス待ち顔に私はぎょっとした。飲みすぎて吐いて具合が悪いのに、図々しく甘えて媚びて、拒否されないことを知っている瞳。赤く濡れて期待を含んでいるくちびる。邪魔するものがなにもないことへの喜びと戸惑いがあふれてしまうのを後回しにしているように、ゆっくりと絡まる白く固い身体。それはこの世の官能のありったけで、限界。美しくて恐ろしかった。

 

 エリオは善良な男の子なのだろうか?いや、善良には違いないのだけれど。どういえばいいだろう。優しい男の子ともちがう。心の中に闇を飼っているわけでもない。繊細というのでもなく、かといってセンチメンタルでもない。

 それは例えば透明な水がなみなみ注がれているコップのような。

 ゆらゆら表面が揺れながら、でもなんとかこぼれずに保たれていたコップの水が、表面張力でワッとこぼれる様子を、彼の目から落ちる涙を見て思い出す。

 彼はとても自然な男の子だと私は思う。自然とは善良か?それは私の手には負えない問題だ。

 

 もうすぐ夏が来る。

 退屈な夏がやって来る。

 冬が来るのを待つだけの夏。

 今年は彼らのようにそんな夏を過ごしたい。