ヘイセイラヴァーズ

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紺色の夜に(短編小説)

 白い大きな猫が、通りの真ん中を通り過ぎて行った。美しい歩き方のシルエットを暗闇に残して。

 あいつは猫とタバコが何よりも嫌いだった。どちらも何でできているかわからない、というのが彼の言い分だった。私がタバコをくわえたままで猫を可愛がったりすると世にも気味が悪そうなさげすみの目でこちらを見ていた。私は彼のその顔すら好きで、だから私はわざとそれをしていた節もある。

 今日のような暑い日には必ずお気に入りの白いTシャツと青いジーンズを履いていた。Tシャツの袖をまくってタンクトップみたいにするのが彼の癖だった。晴れた日にそのTシャツが太陽の光ににさらされて揺れながら乾いていくのを見るのが私はとても好きだった。日に透ける短い茶色い髪と二つの輪っかのゴールドピアスの横顔の隣で。

 恋愛ドラマが好きで、見る前はそんな子供だましなストーリーのどこがいいのかとかチャンネル権を俺にもよこせとか散々文句を言うくせに、始まってからは私よりもハマって、こいつのこの行動はないとか次回どうなるのかとか横でワーワーうっさい。次回の展開なんて、聞かれたって私も同じように見ているんだから知るわけがない。

 真面目な話なんて一度もしたことはなかったけど、ある夜やけに思い詰めた顔をしてシャワーから出てきた彼は言った。

「もし俺たちが何かの拍子で離れ離れになったら、いつもの公園に集合しような。」

 シャワーを浴びながら何を急に心配になったのか知らないが、突然のことすぎて私は何も言い返すことができなかった。集合という言葉だって恋人に対してなのにあまりにもロマンチックさに欠けるというか。だけど真剣に不安そうな彼の頭を私は抱き寄せて、おでこに小さくキスをした。彼はそれに答えるように、その体で柔らかく私を押しつぶした。

 彼の話をするときに過去形を使うことがいつから当たり前になったのだろう。その度にまだ少し心が痛い。

 あの夜から遠く離れて、あの場所から遠く離れて、私はこんなところまで来てしまった。今すぐに大通りに出て、タクシーを止めて、約束の公園に向かってしまいそうになる嵐のようなこの気持ちをやり過ごすのが私はとても上手になった。目を閉じて、二度大きく深呼吸をするのだ。私はこうして前に進んでいくのだろう。消すことのできない思い出を抱えたまま。逃げることもなく救われることもなく。