2019-01-01から1年間の記事一覧
教室を覗くといつも、彼は1番後ろの席で本を読んでいた。広い肩幅とブカブカの制服。周りにいる顔立ちの良い友だちに話しかけられるとたまに顔を上げて笑って、だけど絶対に手からは本を離さなかった。彼は一体なんの本を、毎日あんなに熱心に読んでいたのだ…
私は目立つことが好きだった。 例えば、重いカーテンが引かれた暗い体育館で、照明を浴びて演じること。 私がセリフを言うたびに、客席は笑って沸いた。その快感、客席の反応に応えるように高まっていく自分の集中力。その感触を今でもはっきりと私は覚えて…
彼は東京に来て「そういえばもう息苦しくない」と言う。 なぜ?朝と夜の満員電車、人は多く居場所は狭く、歩いていると絶え間なく物欲を刺激される街。 なぜ?ビルは汚く路地裏は暗く、いつも周りと自分を比べ続けなければならない街。 私にとっては東京は息…
ブルーの海。ブルーの雨。ブルーの舞台。思えば、観客も「海辺」というタイトルに合わせてブルーの服を着た人が多かった気がする。 「思えば、ナカタとはいったい何だったのでしょう」 舞台が終わってしばらくの間、このセリフが頭から離れなくて困った。朝…
私が怖かったのは、「退屈な」奥さんになることだった。そんなことはありえなくて、そう見えるとしたら見た方の想像力が足りないということが今ではわかる。だけど、何者にもなれていない自分のままで、たとえば誰かの奥さんとかになってもいいのだろうかと…
部屋の中はとても暗い。窓が塞いであるんだ。やるための部屋だからね、窓なんて要らないんだ。光なんて入ってこなくていいんだ。あんなところ、僕は全然好きになれない。ーーー『ダンスダンスダンス』 五反田くんはそう言うけれど、私は意外とラブホテルが好…
今週のお題「卒業」 カイちゃんの舞台降りの、真横の席のチケットが取れたのに、私は行くことができなかった。仕事をどうしても休むことができなかったのだ。だけど私は、もともと自分が一方的に片思いした相手とは、ことごとく縁がない星の元に生まれついて…
ホシノちゃんが私に電話をかけてきたのはその日真夜中を過ぎてからだった。 どこかの街中からかけているらしく雑音だらけで声がとても聞き取りづらい。 「俺っち、ものすごい冒険をしてよお」 そう得意げに話し始めた彼の話を受話器を膝と耳の間に挟んで赤い…
「今度の職場は周りに何もなくて本当にさびしいところです。お昼ご飯は家から持っていかないと食べそびれてしまいます。そっちのように都会じゃないからカフェやレストランなんてもちろんないし、コンビニだって歩いて二十分のところに一軒あるだけ。(往復…
幸せな人間は芸術家になることができない J.Dサリンジャーという作家がいる。『ライ麦畑でつかまえて』、『フラニーとゾーイ』、『ナイン・ストーリー』などの物語を残す。彼の人生についての映画『ライ麦畑の反逆児』のエンドロールの直前、ほとんど一番最…
火村英生は私の理想の男性。冷静で頭が良く鼻が高くて若白髪で女嫌い、だけどモテる。猫好き、アリス好き、おばあちゃんキラー、暗い過去を抱え、ケンカは強く、酒には弱く、口は悪いが、大真面目な顔で冗談を言う。仕事のしすぎでいつもボロボロ、考えると…
望海風斗ファンの友人は、あの美貌でも歌声でもなく、そんなふうに完璧な人なのに「ピュアゆえにいつのまにかダメになっていく男」が似合うというところに惚れているそう。普段とても真面目な彼女のその発言に、隠されていたフェチを見てしまったようで一瞬…
ダンスのコンテストでプロが卵たちにアドバイスをしていて、その内容というのが「技術が同じくらいのレベルの人たちの中で頭ひとつ抜け出すには、どうしようもなく痺れる、忘れられないくらいにかっこいいシルエットなり表情なりがパフォーマンスの中にある…
好きな男性のタイプを友人と話していて、本気でケンカになりそうになったことが一度だけある。友人は「しっかりした性格でお金と学歴があるひと」が好きだと話した。私は「自分が好きなことをしていて顔がかっこよくて年下」が好きと言った。ケンカになりそ…
長い舞台が決まると、私の生活は俄然規則正しくなる。朝は必ず7時に目が覚めるようになる。だけど今朝はなにか様子が違っている。いつもどおりに布団を足元に折り返して、床にゆっくりと足をつける。このごろ急に寒くなってきている。床はつるつるととても…