ヘイセイラヴァーズ

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Garaxy Express in Tokyo(短編小説)

 真夜中の最終電車は空いていて、まるで自分の部屋が移動しているみたいだ。

 そういうと彼女は、じゃあ何してもいいよねと言って素早く煙草に火をつけた。白い煙が細く上がってあっという間に天井を這っていく。私は天井の端に小さな煙探知機を見つけて彼女の指に挟まっている煙草をあわてて奪い取り、古くてくたびれた緑色のシートにその小さな炎を押し付けて消した。だって気持ち悪くて煙草吸ってないと吐きそう、と恨みがましい口調で言いながら彼女は私の右肩に小さな頭を乗せてくる。

 「今頃イケメンにお持ち帰りされてる予定だったのに、何であんたと電車に乗ってるんだろ。」

 彼女はそんな蓮っ葉な口をきくけど口で言うほどちゃらちゃらした女じゃないと私は知っている。かといって恰好つけて不良を装っているわけでもない。結局私たちは本物の王子様を待っているのだ。さっきのおしゃれ居酒屋の合コンでも、例えばこの狭い電車の中でも。

 彼女の顔が向かいの窓に映っている。昔から丸いおでこが出っ張っていて、それが彼女のチャームポイントだった。切ったばかりの短い前髪が乱れても、気にせず文句を言いつづける彼女は、それでもとてもきれいだ。

 

 ちょうど一週間前に、居心地悪そうに居酒屋の明かりの下に座っていた彼の姿を思い出す。たぶん私の気持ちに気づいていた彼は、三年前からいるという恋人の話を友人に持ち出されている間中、決して私の方を見ようとしなかった。だけど私を傷つけたのは目の前にあるその事実ではなくて、自分の頭の中に浮かんでいた想像上の彼の姿だった。多分毎晩私が、飲み会やら、眠る準備やら、テレビを見るやら、本を読むやら、彼の事を考えるやらしている、同じ、その時間に、見た事のない顔で、特別でもなんでもない、普通の楽しい時間を過ごしていた彼。その時も光っていただろう目の前にある濡れている金色の指輪。

 

 窓の外で真っ暗闇がヒュンヒュン飛んで行く。ずいぶん長い間駅に止まっていない気がする。誰もいない車両は、がらんとして広い。朝の満員電車が悪い夢のよう。彼女は私の顔を覗き込んでくる。真っ白い蛍光灯の下で入念にファンデーションで埋めてある彼女の毛穴がうっすらと見える。

 「ねえ、この電車もう、降りちゃおうよ。」

 彼女は肩をすくめてにやりと笑う。私はもちろん彼女にその小さな失恋の話はしていない。したら最後、小学生かよと言って一生笑われることが目に見えているから。

 彼女は立ち上がって荷物をまとめはじめる。私は本気にしない。この電車は最終だし今日はまだ火曜日だから、さすがの彼女でもそんな無茶するはずない。

 だけどちょうどよく到着した駅のホームに彼女はあっさり降り立ってこちらをくるりと振り返る。私に向かって手を振って茶色い髪がなびいている。透明なグロスが少しはみでたくちびる。誰もいないホームで発車のチャイムが律儀に鳴る。夜中のホームのピンスポットを浴びた彼女があまりにも軽やかで、私は励まされる。励まされてしまう。一緒に泣いてくれるより、話を聞いてくれるより、ずっと深いところで。その自由さが、私を想像のふちからいつでも救いあげてくれる。