ヘイセイラヴァーズ

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白いジャケットの背中を追いかけて(有栖川有栖『インド倶楽部の謎』感想)

 火村英生は私の理想の男性。冷静で頭が良く鼻が高くて若白髪で女嫌い、だけどモテる。猫好き、アリス好き、おばあちゃんキラー、暗い過去を抱え、ケンカは強く、酒には弱く、口は悪いが、大真面目な顔で冗談を言う。仕事のしすぎでいつもボロボロ、考えるときに唇を触る癖と頭をかく癖、そのすべてがとてもセクシーだ。

 私と彼の出会いはまさに運命だったと思う。忘れもしない、その日、本屋の棚をなんとなく見ていた私は『乱鴉の城』の背表紙を見た瞬間にビビビと電撃が走った。平積みでもなく表表紙でも裏表紙でもない、背表紙のそのそっけないそのタイトルの活字の並びを見た瞬間にまさにヒトメボレしたのだ。これを運命と言わずに何を運命と言えるか?

 このシリーズがなぜこんなに好きなのか、考えてみると私にはふたつ理由があるように思う。まず科学と非科学の融合。揺るがし難い鉄の推理が繰り広げられる一方で、どうしてもそれだけではわりきれないものが物語の中に必ず存在する。それはあるときは文学や詩、そして芸術や風景。今回は「前世」という存在が物語を通してその役割を担っていて、それが彼らが出会う事件の物語としての豊かさやゴージャスさを演出している。だけどなによりも、いつでも最も割り切ることができず、いくら推理しても答えがわからないのは人の心であるということを火村も相棒のアリスもよく理解していて、だけどそれでも少しでも真理に近づこうする彼らの姿がとても素敵だ。

 もうひとつは小さな女の子を絶対に犯人にしないところだと思う。どんなに少女が犯人として怪しい場合でもギリギリのところで彼らは彼女たち以外の本当の犯人を見つける。彼女たちは火村とアリスにとってヴィーナスのような存在で、罪につながるような複雑な心を持ってしまう前の純粋な天使として(小学生から大学生くらいの利発な)少女が多く描かれる。火村が彼女たちに優しく公正に接している姿を見ると、彼にはもしかしたら妹がいたのかもしれないなといつも思う。そしてその妹が彼の抱えている秘密の過去に大きく関係しているのではないかと。もう火村にとってのヴィーナスになれる年齢を過ぎてしまった私だけれど、だからこそ私はいつでも言ってあげたいのだ。彼が悪い夢を見て飛び起きる夜中にいつでも横にいて、水を持ってきて額の汗を拭いてあげて大丈夫だよと、言ってあげたいのだ。それはヴィーナスには決してできない仕事だと思う。(そう言う意味ではその姿を見ることをすでに許されているアリスは私の永遠のライバルだ。)

 私にとって唯一の名探偵火村、そして悲しき同志のアリスに私はこれからもずっとついていこう。