ヘイセイラヴァーズ

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冬がはじまるよ(エッセイ⑦)

 「冬がはじまるよほらまた僕のそばですごく嬉しそうにビールを飲む横顔がいいね」という歌を私は寒くなってくると必ず、居酒屋で家で、相手に横顔を見せつつビールを飲みながら自分で歌う。毎年のことで周りの人たちはいいかげん嫌になってきていると思うけど、冬になるとどうしてもこの歌が頭によぎって止まらない。 

 そんなことを思いながら見上げた窓の外の空は朝からずっとグレーで、今にも雪が降り出しそうだ。見るからに寒そうで、私は思わずにんまりする。出かけなくてもいい冬の日は、外が寒そうであればあるほどうれしい。見ても見なくても変わらないようなテレビ番組の笑い声をBGMにして、暖房でこれでもかとあたためた部屋の中で、こたつに入ってパワーブックを立ち上げ、私はひとりでこの文章をパタパタと打っている。携帯の充電も満ち、かえるの形の加湿器からはしゅんしゅんと音を立てて水蒸気が上がる。暑くなってきた足先だけをこたつの外に出すと冷たくて気持ちいい。

 妹が初めて雪を見たときもたしか朝からこんな天気だった。ふたりで昼寝をしていて、私が先に目を覚まして窓に近づいて外を見ると、真っ白いしっかりした大きな雪の粒が次々に空から落ちてきていた。少し遅れて起きだした妹はそれを見た瞬間、驚いて目をみはった。それが私にとっての彼女との最初の記憶だ。至近距離で見た彼女のその目の色と白く染まっていくたくさんの屋根の景色。 

 そもそも私はこういう寒い雪の日に生まれ、そして雪にまつわる名前をつけられた。自分が雪と一緒にこの世界に降りてきたという事実とその証の名前は、自分に自信を失って悩む夜に何度も私を救った。だから、私にとって冬はなんとなく落ち着く季節だ。朝が絶望的に起きられいというだけで。

 突然携帯が鳴り、彼からのメッセージが届く。これから帰るという文字とピースの絵文字。私は文句を言いながらいそいそこたつから抜け出して、ガスをつけてお風呂を沸かす準備をする。駅から十五分。彼が家に入ってくるまでに雪は降り始めるだろうか。ビールを両手に抱えて冬の匂いをまとって体を冷やして帰ってくる彼を待つこの時間が、すっかり冬の楽しみになっている自分に気がつく。もしもいつか私がいなくなったあと、彼が冬になったら思い出してくれればいいなと思う。あの歌と、私と、私のこの幸せな気持ちについて。