2018-01-01から1年間の記事一覧
課題図書:『スプートニクの恋人』 私は今、語れば長い運命のとりあえずの帰結として、東京の小さなアパートの一室にいる。時刻は午前4時少し過ぎだ。もちろんまだ夜は明けていない。ワールドカップの試合を応援していた善良な人々はやっとベッドに入って夜…
クリストファー・マーロウはかわいそうな男だ。 最後に殺されるからじゃない。 ずっとずっと、かわいそうな男だった。 なぜだろう? 金がなくて、知り合いに無心し続ける情けない男。 住むところもなくて、酒場で仕事をするまでに落ちぶれた小汚い男。 好き…
「かたいこと言うなよ。芝居なんてどうせ全部うそっぱちなんだから。」 娼婦街のジョーンの部屋にいるマーロウ。手すりにつかまって空を見ている。 そこにジョーンがはしごを使って窓から入ってくる。 マーロウ おい、そんな服着て梯子なんか登ったら破ける…
どうしてすぐに気が付けなかったのだろう。ヒントはあんなにたくさんあったのに。 あの時のマーロウに、あんなに豪華な薔薇の衣装を自分で用意できるはずがない。プライドの高いマーロウが、簡単に人のことを自分より才能があるなどと認めるわけがない。まし…
私がずっと気になっていたのはネフェルティティ(澄輝さやと)。若い子たちは大丈夫。好きな人といればこれから幸せになっていく。どの時代を選んでも、それは変わらない。だけどネフェルティティは(それにしてもすごい名前だな)、これまで何十年もずっと…
始めにたくさんの予防線を張らせてください。 私は同性が恋愛対象という訳ではありません(たぶん)。だから、本当に同性を好きになるという気持ちが理解できるわけではないかもしれない。 私は腐女子ではありません(そうか?そうか?)。だから、とにかく…
課題図書:ダンス・ダンス・ダンス 村上春樹の小説を読むといつも思う。主人公の男はどうしていつもこれほどまでにまともなのだろう、と。風呂に湯をはってそこにつかり、出かける前は歯を磨き髭を剃り、派手でない車で出かけて、ビールを飲んで料理をして、…
村上春樹の小説を読むと思い出すのは、彼のことだ。 村上春樹を崇拝していた彼。出会ってすぐにそのことで意気投合して、しばらくの間とても親しい友だちだった。何度か一緒に飲みに行って、酔っぱらって彼の部屋に転がり込んで、だけどあまりにもなにもない…
手に入れたものはいつか必ず手放すときがくることを彼は知っていた。そして一度手放したものは少しずつ忘れていつか思い出さなくなるときがくるということを。 皮むき器がなくなっていることにショーが気が付いたのは、彼がマッシュポテト作りに取り掛かろう…
私は俗だ。私は俗な人間の代表で、彼はもう透明になりかかっていた。毎日一緒にいたのに。 私が浮気をしたのは、彼を傷つけてみたかったからだ。彼が私の浮気を知り、めちゃくちゃに傷つくことを夢見ていたといってもいい。でも実際はどうだったか?あのエッ…
課題図書:『木野』 その日私は、彼氏と大喧嘩中だった。 前の夜に電話で喧嘩して、電話を切った後に大泣きして、あまりよく眠れないまま、朝その本屋に向かった。せっかく楽しみにしていた日だったのに、最低の気分で。 だけどその日の課題図書『木野』を読…
「映画を見る前に読むべきか、映画を見てから読むのか、どちらがよいのか誰にもわからない。」 帯のこの惹句は正しいと思うが、映画を気軽な気持ちで見てしまった私は、選ぶ余地なく原作の小説を映画の後に読むことになった。映画のエリオはその美貌を大きな…
道明寺とつくしの恋にあこがれて早十ウン年。花男は私たちの恋のバイブルだった。大人になったらあんな恋が出来るんだと思っていた。 だけど小学生だった私たちは彼らと同じ高校生時代をあっという間に過ぎ、気づけば花男のセカンドシーズンを眺めている。長…
旅行が嫌いだ。その一言を言いづらい世の中だ。そんなことを言う奴は非女子だ。非国民であり非地球人だ、もはや。このグローバルな世の中では。 戦争になんか行きたくないと言えなかった若者たちの気持ちがよくわかる。(それはオーバーか)圧倒的なムードの…
「もう男女の恋愛だけを描く時代ではないのかもしれないな。」 舞台上で社長(綾月せり)はそう言った。そんなのもちろんだ。 性の曖昧さはずっと昔から人を魅了する要因となってきた。今に始まったことではない。それは例えばこの舞台の根幹をなす、美弥る…
私にはその日、使命があった。 それは松島聡くんにBL映画の出演依頼をすること。 ことの経緯は数日前にさかのぼる。 その日私は、映画『君の名前で僕を呼んで』を見ながら飲みかけのコップをぐしゃりと握りつぶした。これを日本で撮るとしたらエリオ役は絶…
その夏の夕方、僕がバイト終わりで店の裏の出口を出ると、先に上がっていたその人は外の階段に座って桃を食べていた。水色のタンクトップに、短いジーンズを履いて、垂れた桃の汁がつかないように思いっきり足を広げて。 長い髪を後ろに流し、桃の皮を手で…
退屈な夏だった。 脳みそまで溶けるような暑い夏。 太陽の強い光がじりじりと紙を焦がしていくような陽射しの下で、ペラッペラのペーパーバックの文字を追う。ページをめくるたびにガサガサ音がする。昼間は暑すぎてほぼ半裸でごろごろ過ごし、我慢できなく…
高校時代は、青春時代だ。誰も異論はないだろう。 だけどそのことを彼ら自身も意識していて、高校入学と同時に「青春しようね」と自分たちで確かめ合うのには違和感を覚える。そう、それは自分で自分のことを「私って天然だから」と言っている人を見ているの…
米津玄師「灰色と青」MVの菅田将暉に捧ぐ 風の強い、漆黒の夜だった。薄い紙にこぼした濃い墨がゆっくりゆっくり染みこんだみたいなたっぷりした深い暗闇に、星は一つも見当たらず、月だけがゆりかごにするのにちょうどいいくらいに欠けていて、ゆらゆら揺…
「踊るって神様に祈ることと本当に変わらない。 ここに私がいます、確かにいますって。 こうして生きています、楽しんでいます、体があって嬉しいです! そして宇宙のリズムを身体で感じていますって。」※ 日曜日の十一時になると、彼は必ずその広場で踊って…
負けた、負けました。 笑いながら白旗振って降参でーす。 だって読みました? 宇垣美里アナウンサーのマイメロ論。 「ふりかかってくる災難や、どうしようもない理不尽を、一つひとつ自主的に受け止めるには、人生は長すぎる。そんなときは“私はマイメロだよ…
「初めてのレッドカーペットはドキドキで、前夜はうまく眠れなかったほど。でも車を降りてカーペットに足を着けた瞬間、ふわっと風が吹いてドレスの裾がきれいに風に乗ったの。」 カリスマモデルの水原希子はそう語った。そして彼女が車から降りたったその瞬…
舞台をつらぬく一筋の光線。 左下から右上へと、開演前から舞台を斬り裂く、ギロチンのまっすぐなヤイバ。 そう、この舞台は大きなギロチンに見守られた愛の物語である。 あるときは壁の模様に。 あるときはひなたとひかげを分けて。 あるときは服のもように…
目を覚ますと、もうお昼はとうの昔に過ぎていた。リビングに行くと宏太がおはようと振り返る。そしてテレビに向き直る。二人で選んだグレーのソファ。その後ろで観葉植物のパキラの葉が揺れて、いつも通りの日常。安心で幸せ。 宏太が私の髪についた寝ぐせを…
十二時間のフライト直後の夕食がムール貝山盛りっていうのはなかなかハードだな。真っ黒い殻たちがオレンジ色の照明の下でぎらぎら光って、まるで口を開けて笑っているみたいでとってもグロテスク。ケイトも私も皿の前で絶句した。信じられない量と、信じら…
朝からパクチーはキツイっす。 そう言った私の寝起きのかぼそいガサガサ声は、やっぱり高血圧で朝から絶好調の裕翔には届かず、水道の音にすらかきけされた。 パクチーは大好きだけど朝からパクチーサラダはどうしても無理。さすがに味と匂いがダイレクトす…
毎日乗る電車の窓から、春になると満開の桜の木が見えるわけだけれど、桜の開花が頂点に達したある一日だけ、本当に電車の窓全体が隙なく桜の花びらに覆われて、しばらく桜のトンネルをくぐっているような瞬間がある。その時、綺麗だと思うより少しだけ早く…
ミュージシャンは、この世で一番才能が必要な職業だと思う。 まずもちろん歌はとびきりうまくなくてはならない。さらに何かしらの楽器ができて、メロディも思い浮かべば詩のセンスもあって、そしてビジュアルも人並み以上に良いか個性的でなければ、なれな…
長崎ちゃんぽんのことを、よしもとばななはこう説明している。 「ちゃんぽんというのはほんとうに難しい代物で、まず長崎のちょっと濡れたような、でも昼はからりとしているような独特の気候や雰囲気にいちばん合っている。」※ まさに長崎はそういう独特の…