ヘイセイラヴァーズ

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ココア(味覚にまつわる短編小説⑥)

 冷蔵庫の上においた籠の中に、自分で入れたココアの粉に手が届かなかったとき、俺は少し泣いた。高いところに投げ入れた過去の自分に、あとはその他いろいろに対して。

 自分で言うのも悪いけど、俺は気を使って生きてると思う。小さいころからずっと。仕事を真面目にして、みんなのためを思って。だけどときどき、自由に楽しくやっている周りのやつらのほうが報われているときがある。

 そんなことない、あなたがいるからみんな自由にやれているのよ、と言ってくれる人は多いけど、一番にそう言ってほしい人は今はもうこの部屋にはいない。

 この部屋には一人。いつもいやでも周りにあるたくさんの声、笑顔、足音やおせっかいの喧騒は今はここにはない。自分のココアは自分で取らなくてはならない。だから泣きながら俺は冷蔵庫をよじ登る。

 窓の外は午前四時の深いブルー。

 あともう少しでまたいつものように朝が来て、たくさんの人のために俺は笑う。たくさんの人の中に彼女もいてくれたらいい。俺にはそれを願う事しか出来ないから。だから、どうか、今だけは、誰も邪魔、しないでくれ。