うちにいる間、彼は夜中によくベランダに出て夜空を見上げていた。 夏はTシャツ一枚で、冬はわざわざダウンコートを着て。 彼が髪を結ってくれるときの手だったり、ケータイを触っている時の真剣な表情だったり、他にもたくさん思い出はあるはずなのに、目…
その居酒屋は、渋谷駅を降りてタワーレコードに向かう途中のビルの5階にあった。 海の底をイメージしているのだろう、青っぽい照明とゴツゴツした岩に囲まれているようなデザインの店内。真ん中は広いフロアになっていて、かなり大勢で行っても座れるような…
白い大きな猫が、通りの真ん中を通り過ぎて行った。美しい歩き方のシルエットを暗闇に残して。 あいつは猫とタバコが何よりも嫌いだった。どちらも何でできているかわからない、というのが彼の言い分だった。私がタバコをくわえたままで猫を可愛がったりする…
Girl, do you want it now? そう言いながら近づいてくるSnowManのCrazy F-R-E-S-H Beat の冒頭の振り付けが頭にガツンときた。くわえていたタバコを指でつまんで足元に捨てるその動きは、私はタバコが好きだということを思い出させた。タバコそのものという…
ラインという便利なアプリがこの世にはあって、それは私たちの生活を柔らかく縛る。 学生時代の元カレのラインのプロフィールにDISH//の歌が設定されていて、私は彼らの音楽を知った。 メンバーがイケメンでモテそうだから一見わかりづらいけれど、彼らの音…
私はTVの電源を切り、窓を少しだけ開けて流れ込んでくる外の風を吸い込んだ。 五月にしては暑い空気のどこかから虫の声が聞こえて、私はいつかの夏休みに泊まった祖母の家を思い出す。田舎の夜はやたらと暗く、窓から身を乗り出して伸ばした自分の手の先す…
「お姉ちゃんは、恋が好きなんだね。」 このブログを読んでいる妹からのこの一言は、さすがにガツンと来た。さすが妹。同じ腹から生まれただけのことはある。そう、私は恋が好きだ。このブログを書いていて自分でも初めて知った。 いや、もっと正確に言おう…
教室を覗くといつも、彼は1番後ろの席で本を読んでいた。広い肩幅とブカブカの制服。周りにいる顔立ちの良い友だちに話しかけられるとたまに顔を上げて笑って、だけど絶対に手からは本を離さなかった。彼は一体なんの本を、毎日あんなに熱心に読んでいたのだ…
私は目立つことが好きだった。 例えば、重いカーテンが引かれた暗い体育館で、照明を浴びて演じること。 私がセリフを言うたびに、客席は笑って沸いた。その快感、客席の反応に応えるように高まっていく自分の集中力。その感触を今でもはっきりと私は覚えて…
彼は東京に来て「そういえばもう息苦しくない」と言う。 なぜ?朝と夜の満員電車、人は多く居場所は狭く、歩いていると絶え間なく物欲を刺激される街。 なぜ?ビルは汚く路地裏は暗く、いつも周りと自分を比べ続けなければならない街。 私にとっては東京は息…
ブルーの海。ブルーの雨。ブルーの舞台。思えば、観客も「海辺」というタイトルに合わせてブルーの服を着た人が多かった気がする。 「思えば、ナカタとはいったい何だったのでしょう」 舞台が終わってしばらくの間、このセリフが頭から離れなくて困った。朝…
私が怖かったのは、「退屈な」奥さんになることだった。そんなことはありえなくて、そう見えるとしたら見た方の想像力が足りないということが今ではわかる。だけど、何者にもなれていない自分のままで、たとえば誰かの奥さんとかになってもいいのだろうかと…
部屋の中はとても暗い。窓が塞いであるんだ。やるための部屋だからね、窓なんて要らないんだ。光なんて入ってこなくていいんだ。あんなところ、僕は全然好きになれない。ーーー『ダンスダンスダンス』 五反田くんはそう言うけれど、私は意外とラブホテルが好…
今週のお題「卒業」 カイちゃんの舞台降りの、真横の席のチケットが取れたのに、私は行くことができなかった。仕事をどうしても休むことができなかったのだ。だけど私は、もともと自分が一方的に片思いした相手とは、ことごとく縁がない星の元に生まれついて…
ホシノちゃんが私に電話をかけてきたのはその日真夜中を過ぎてからだった。 どこかの街中からかけているらしく雑音だらけで声がとても聞き取りづらい。 「俺っち、ものすごい冒険をしてよお」 そう得意げに話し始めた彼の話を受話器を膝と耳の間に挟んで赤い…
「今度の職場は周りに何もなくて本当にさびしいところです。お昼ご飯は家から持っていかないと食べそびれてしまいます。そっちのように都会じゃないからカフェやレストランなんてもちろんないし、コンビニだって歩いて二十分のところに一軒あるだけ。(往復…
幸せな人間は芸術家になることができない J.Dサリンジャーという作家がいる。『ライ麦畑でつかまえて』、『フラニーとゾーイ』、『ナイン・ストーリー』などの物語を残す。彼の人生についての映画『ライ麦畑の反逆児』のエンドロールの直前、ほとんど一番最…
火村英生は私の理想の男性。冷静で頭が良く鼻が高くて若白髪で女嫌い、だけどモテる。猫好き、アリス好き、おばあちゃんキラー、暗い過去を抱え、ケンカは強く、酒には弱く、口は悪いが、大真面目な顔で冗談を言う。仕事のしすぎでいつもボロボロ、考えると…
望海風斗ファンの友人は、あの美貌でも歌声でもなく、そんなふうに完璧な人なのに「ピュアゆえにいつのまにかダメになっていく男」が似合うというところに惚れているそう。普段とても真面目な彼女のその発言に、隠されていたフェチを見てしまったようで一瞬…
ダンスのコンテストでプロが卵たちにアドバイスをしていて、その内容というのが「技術が同じくらいのレベルの人たちの中で頭ひとつ抜け出すには、どうしようもなく痺れる、忘れられないくらいにかっこいいシルエットなり表情なりがパフォーマンスの中にある…
好きな男性のタイプを友人と話していて、本気でケンカになりそうになったことが一度だけある。友人は「しっかりした性格でお金と学歴があるひと」が好きだと話した。私は「自分が好きなことをしていて顔がかっこよくて年下」が好きと言った。ケンカになりそ…
長い舞台が決まると、私の生活は俄然規則正しくなる。朝は必ず7時に目が覚めるようになる。だけど今朝はなにか様子が違っている。いつもどおりに布団を足元に折り返して、床にゆっくりと足をつける。このごろ急に寒くなってきている。床はつるつるととても…
「冬がはじまるよほらまた僕のそばですごく嬉しそうにビールを飲む横顔がいいね」という歌を私は寒くなってくると必ず、居酒屋で家で、相手に横顔を見せつつビールを飲みながら自分で歌う。毎年のことで周りの人たちはいいかげん嫌になってきていると思うけ…
真風涼帆の歌声を聴くと涙が出そうになる。 自分の思いをあまり言葉に出さずに、いつも素敵な微笑みを浮かべていて、そうやってそこにいることがみんなにとって当たり前のような、物静かなトップスター。 彼女は今までも、これからもどんな思いを自分ひとり…
国道をひたすら北に車を走らせて、真夜中過ぎに道路沿いのレストランに入った。なんでもないチェーンのファミレス。オレンジ色の電球の上のほこり、原色の文字が光る看板、少し油っぽいソファ。店員はメガネをかけたバイトの若い男の子ひとり。私たちは壁に…
恋愛ルールブックを侮るなかれ。 『上級小悪魔になる方法』という本を読んだおかげで、私の大学生活はまずまずモテたと思う。例えばイケメンの先輩と古着屋さんデートをした。男友達に夜道で突然手をつながれたり、「幸せにするよ」という世にもキザなセリフ…
私は『エリザベート』のいったい何にこんなに惹かれているのだろう。 黄泉の帝王トートへの憧れ?爛熟したハプスブルク家の悲しい滅亡?民衆たちの圧倒的な怒りのエネルギー?そのどれもであり、また、そのどれでもない。 きっとそれは、出てくる人々全員に…
8月の青森に、ねぶた祭りを見にいった。 真夏のはずなのにすでにうっすら寒かったのは、雨のせいだったのだろうか。肝心のねぶたは濡れないように透明な袋で覆われていて、そのせいで中の光は少しだけやわらいでいる。雨の水滴のせいで、取り囲む跳人(ハネ…
彼がハワイのハナレイ・ベイで鮫に喰われたという情報を私は先生から聞いた。外は雨が降っていた。 「いつですか」 私は先生にそう尋ねた。先生はその事故があったのがいつだったか、という質問だと勘違いして、その時の様子を詳しく話し始めた。私が聞いた…
ハナレイ・ベイに来て七日目。正直言って、最高だ。二日酔いだろうがなんだろうが、ワクワクしながら目が覚める。友だちも出来たし、英語も少し話せるようになった。こっちで出来た友だちとの写真と、英会話のスキルは日本に帰ってから(モテるために)最大…